かがみをふいて 2010年9月13日 at 8:50 AM
「かがみをふいて」
その言葉を聞いてからは部屋の鏡を綺麗に保つようになった。
・・・・夜ごと枕もとに立つ人影がぶつぶつと何か
呟いている。髪が長いので女性と分かるのだが、その声色は変声機を通したかのような男女の区別が付かないこもった声だ。
「か・・・・がみ て」
金縛りの中で聞こえてくるのは何やら鏡という単語らしく、女がしきりに呟いている。
「か・・がみ・・ふいて」
囁きに耳を傾けて恐怖で体を強張らせていたが、いつの間にか朝を迎えていた。
思い当たる節はある。
若者は女の影が枕もとに立った夜、仲間と心霊スポットを荒しに行ったのだ。出ると云う噂の廃屋を荒しまわったのだ。
女は次の日も、その次の日も枕もとに立った。
「かがみをふけ」
今度はテープの早送りのような早口で甲高い声で言う。
「かがみをふけ」「かがみをふけ」「かがみをふけかがみをふけ」
思わず耳を塞いだ、と気づけば体が動く。勢いよく布団を被って耳を塞ぎ、恐怖で震えていた。
「かがみふけかがみふけかがみふけかがみふけ」
狂ったように枕もとで囁いている。
耐えられず寝巻のままで家を飛び出し、明るくなるまでコンビニで時間を潰した。
「一体何なんだ」
朝を迎えた部屋に女はもう居ない。職場へ行くために素早く着替えて洗面所へ向かうと、確かに鏡は白い汚れが付いている。気が付くと顔を拭くタオルで必死に鏡を磨いていた。
偶然かは分からないがその日の夜、女は現れなかった。
それからというもの鏡の汚れが異常に気に掛り、どんな小さな汚れも綺麗に拭き取るようになった。
一度気が付き出すと全ての些細なことが気になるようになり、衣服や布団に発生した小さな毛玉を全て取り除かなければ寝れぬようになってしまった。
特に就寝前、布団にできた小さな毛玉がトゲのようにチクチクして感じて、全て取りきらないと気になって眠れないのだ。
その日も眠れない毛玉取りの夜を過ごしていると、突然女が現れて、若者に微笑みかけて消えって行った。
これはヤバい感じた若者は神社でのお祓いを受け、病院に通院するようになった。
通院の甲斐あって毛玉こそ以前ほどは気にならなくなったが、若者の部屋の鏡はいつも驚くほどに綺麗に保たれていた。
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